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東京地方裁判所 平成11年(モ)1929号 決定 1999年8月16日

申立人(被告)

Y1

Y2

Y3

Y4

Y5

Y6

右六名訴訟代理人弁護士

本多藤男

相手方(原告)

株式会社共同債権買取機構

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

今井和男

大越徹

吉澤敏行

伊藤治

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

一  申立ての趣旨及び理由の要旨等

1  申立人らは、別紙一≪省略≫の第一の一ないし八各記載の文書(以下、項番号に従い、一項の文書は「本件文書一」、二項の文書は「本件文書二」というように表示する)ついて、文書提出命令の申立てをしたが、その理由は、別紙一の第二ないし第四及び別紙二≪省略≫各記載のとおりであり、その要旨は次のとおりである。

申立人らは、平成元年三月から平成三年四月にかけて、株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という)から金員を借り入れ(以下「本件貸付金」という)、借主以外の申立人らがそれぞれ右各債務を保証した。富士銀行は、平成七年三月、相手方に、富士銀行の申立人らに対する右債権を債権譲渡した。相手方は、申立人らに対し、本件貸付金の残元金、利息、遅延損害金の支払を求めた。これに対し、申立人らは、抗弁を主張するが、本件文書提出命令との関係で問題となる抗弁は、次の四点である。第一の抗弁は、本件貸付金の弁済期は一応のものであり、遅延損害金を支払う必要はなく、約定利息を支払えば足りるとの合意があったという主張である(以下「弁済期なしの抗弁」という)。第二の抗弁は、本件貸付金は申立人らがBから相続した東五反田の土地建物(以下「本件物件」という)を提供する限度で支払をすれば足りるとの物的有限責任のある債務であったとの主張である(以下「物的有限責任の抗弁」という)。第三の抗弁は、貸主としては、本件貸付に当たり、申立人らが相続した本件物件を処分しても、本件貸付金を返済できないときには、他の資産、収入から返済をしてもらうことを説明すべきであるところ、これを怠ったとの主張である「以下「説明義務違反の抗弁」という)。第四の抗弁は、申立人らは、富士銀行との間で、本件貸付金の返済について、毎月一七万円宛支払えばよいとの合意が成立したとの主張である(以下「分割弁済合意の抗弁」という)。そして、申立人らは、右各抗弁を立証するためには、本件文書一ないし八が必要であり、また、これらの文書は民訴法二二〇条三号ないし四号に該当すると主張する。

2  相手方の答弁は、別紙三≪省略≫のとおりであり、その要旨は、本件文書一ないし八は、いずれも被告の抗弁を立証するのに取調べの必要性のない文書か、文書一、七、八の稟議書、業務日誌、売却の交渉経緯を記載した書面については、文書提出命令の対象外の文書であるという点にある。

二  当裁判所の判断

1  本件文書一(稟議書等)について

(一)  申立人らが本件文書一の提出命令を求める理由の第一は、本件貸付金がいかなる目的、条件、担保物件の評価、返済能力の判断、調査のもとに行われたのかを立証する必要があるという点にある(別紙一の第三)。しかし、一件記録によれば、本件貸付金の融資目的、条件、担保物件の評価については当事者間に争いがなく、返済能力についても、富士銀行はこれがあるものと判断、調査のうえ本件貸付に及んだことが認められる。そうだとすると、この点を立証するために、本件文書を取り調べる必要性は乏しく、この点についての申立人らの主張は理由がない。

(二)  申立人らが本件文書一の提出命令を求める理由の第二は、申立人らの前記第一ないし第三の抗弁を立証するために本件文書一が必要であるという点にある(別紙一の第四、別紙二の第二、一、2)。弁済期なしの抗弁、物的有限責任の抗弁は、本件貸付契約、保証契約の契約条項と矛盾する内容であること等を考えると、そのようなことを記載した稟議書が存在するとの立証は未だなされていないというべきである。同様に、説明義務違反の抗弁も、結局、物的有限責任の抗弁と裏腹をなす抗弁であるところ、このようなことを記載した稟議書が存在するとの立証はなされていない。また、本件抗弁の内容等に照らすと、現段階で、本件文書一を取り調べなければならないという必要性にも乏しいというべきである。

(三)  以上のとおり、本件文書一は、取調べの必要性がないものと考えるものであるが、それにとどまらず、本件文書一は、いわゆる自己使用文書に当たり、文書提出命令の対象にもならないと考える。なぜなら、銀行が融資の審査等を行うに当たって作成する稟議書は、一私企業にすぎない当該銀行の内部で、その意思形成過程で作成される文書である上、法令上その作成が義務づけられているわけではなく、その作成、開示、処分等は当該銀行の意思に委ねられているものと考えるのが相当であるからである。

2  本件文書二(貸付金元帳)について

(一)  申立人らが本件文書二の提出命令を求める理由の第一は、申立人らの返済状況を明らかにするという点にある(別紙一の第三、別紙二の第二、二、1)。しかし、一件記録によれば、利息等の計算根拠は訴状添付の利息、損害金一覧表において明らかである。右事実に弁済が申立人らが立証しなければならない事項であることをも考え併せると、本件文書二を取り調べなければならないという必要性が認められない。

(二)  申立人らが本件文書二の提出命令を求める理由の第二は、弁済期なしの抗弁を立証するために本件文書二が必要であるという点にある(別紙一の第四、別紙二の第二、二、2)。前記(一)のとおり利息等の計算根拠は明確であり、しかも返済状況は本来申立人らで把握しておかねばならない事項である。そうだとすると、本件文書二を取り調べることにより、何故、弁済期なしの抗弁を立証することができることになるのか不明確であり、現段階で取調べの必要性は認められない。

3  本件文書三(鑑定書等)について

申立人らは、富士銀行が本件貸付債権を本件物件に設定されていた根抵当権とともに相手方に譲渡するに当たり、本件物件をいくらと評価したかを明らかにするために本件文書三が必要であると主張する(別紙一の第三、別紙二の第二、三)。しかし、本件物件をいくらと評価したかは、申立人らが本訴で立証しなければならない前記四個の抗弁と関連を有するものとは認められず、取調べの必要性が認められない。

4  本件文書四(債権譲渡契約書等)について

申立人らは、富士銀行が本件貸付債権を本件物件に設定されていた根抵当権とともに相手方に譲渡するに当たり、本件物件の価額を四億二〇〇〇万円と評価し、その評価の下に譲渡金額、譲渡債権の内訳・金額、条件が決められたこと等を明らかにするために本件文書四が必要であると主張する(別紙一の第四、別紙二の第二、四)。しかし、本件物件をいくらと評価して相手方に譲渡したかは、申立人らが本訴で立証しなければならない前記四個の抗弁と関連を有するものとは認められず、取調べの必要性が認められない。

5  本件文書五(損金処理を示す書面)について

申立人らは、富士銀行が本件物件で補填できないマイナス金額を損金処理したことを明らかにするために本件文書五が必要であると主張する(別紙一の第四、別紙二の第二、五)。申立人らがいわんとすることは、物的有限責任と裏腹の主張であり、本件物件限りで責任を負い、それ以外は損金処理されたと主張するものである。一件記録を検討するに、申立人らには資産があることが認められる。そうだとすると、そのような状況下で金融機関が損金処理をしたとの申立人らの主張の不自然さ等を考慮すると、本件文書五のようなものが存在するとの立証は未だされていないというべきである。

6  本件文書六(振込伝票)について

申立人らは、本件文書五により、分割弁済合意の抗弁を立証すると主張する(別紙一の第三、第四、別紙二の第二、六)。一件記録によれば、申立人らがその主張のとおりの金額を返済し、富士銀行がこれを受領したことは当事者間に争いがない。そして、振込伝票は、振込みの依頼、処理があった事実を示すにすぎず、分割弁済合意の抗弁の事実を立証するに資する資料とはいえないことをも考慮すると、本件文書六を取調べなければならないとの必要性を見いだせない。

7  本件文書七(業務日誌等)について

申立人らは、前記第一ないし第四の抗弁を立証し、自分らの陳述書の信憑性を補充するために、本件融資時から平成一〇年四月までの間の富士銀行と申立人らとの間の交渉経緯を記載した本件文書七が必要であると主張する(別紙一の第三、第四、別紙二の第二、七)。一件記録を検討するも、申立人らの抗弁を裏付けるに足りる業務日誌等が存在するとの立証はされていない。のみならず、申立人らが提出を求める業務日誌は、その作成が法令上義務づけられているものではなく、その作成目的は、従業員の備忘的なものから当該事業所限りで回覧に供するものまで様々であり、前記1で検討した稟議書以上に自己使用性の強い文書であり、文書提出命令の対象になる文書とはいえない。

8  本件文書八(売却の交渉経緯を記載した書面等)について

申立人らは、本件物件について富士銀行のあっせんでインドネシア大使館に売却の話が持ち込まれたこと、一一か月後に断られ高額で売却する時機を逸したことを立証するために本件文書八が必要であると主張する(別紙一の第四、別紙二の第二、八)。申立人らが主張する事実は相手方らも認めている事実であり、殊更本件文書で立証しなければならないとする必要性が認められない。よって、本件文書八を取調べる必要性がない。また、本件文書八は、前記7で検討した業務日誌と同趣旨の文書と考えられるところ、これが文書提出命令の対象にならないことは、前記7で説示したとおりである。

9  結論

以上のとおり、申立人らが提出を求める文書は、取調べの必要のない文書か、その存在が立証されていない文書か、そもそも文書提出命令の対象とならない文書かのいずれかに該当するので、本件申立ては理由がない。よって、本件申立てをいずれも却下することにする。

(裁判官 難波孝一)

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